おいしいごはんが食べられますように

あずまさんがおすすめしてくれました。ありがとうございます!
ぬるっと読み終わってしまったので内容に関してめちゃくちゃ言いたいことがある……という感じではないけど、読後に思うことはあったので、書きます。

「おいしいごはんが食べられますように」高瀬隼子
Amazon.co.jp: おいしいごはんが食べられますように : 高瀬 隼子: 本

自分はわりと食に関心が薄い方だと思うので、二谷の言い分に対してわかると思うこともある。あそこまで歪んでいるつもりはないけど、芦川さんみたいなひとに『正しい』ようなことを言われるのは苦手だ。三食作ってきちんと食べるのが、それが正しくて当たり前で普通の生活だって感じのことを言われると、面倒くさいなと思う。食事って面倒くさいよ。食べるのでさえ面倒だと思うこともある。とはいえ友人とおいしいものを食べに行くのは好きだし、二谷とは違ってマックが食べたい日に寄り道してマックを買って帰ることにも抵抗はない。ただ、家で食べる食事を考えて作って食べて、それを一日に三回も繰り返して、さらに毎日繰り返す、ただそれが面倒だと思う。

「ちゃんとしてる」っていう言葉は結構難しくて、それは自分が全然ちゃんとしてないからこそ若干抵抗を感じる言葉ではあるんだけど、世の中の多くにとって正しいこと・善いこととされていることが自分にとっては正しくない、難しい、為し得ないことだったりするわけで。それを息苦しいと感じることは往々にしてありますわな。あんたが当たり前だっていうそれができてたらこうはなってねえんだよばーか、っていう話。うまくいきませんね人生ってやつは。
でもうまくいかないなりに、二谷はこれから芦川さんと結婚してなし崩しにおいしいごはんを食べられるし、押尾も新しい会社では少なくとも今よりはおいしいごはんを食べられるんじゃないかと思うし、芦川は芦川で、ペットボトルのお茶や支店長のおごりのカツ丼は彼女にとってのおいしいごはんではないのだろうし、二谷の転勤によって結婚と共にきっと退職して、そしたら芦川も家でおいしいごはんが食べられるんじゃないんでしょうか。
ここで言うおいしいごはんが食べられるかはごはんそのものだけでなく周囲の人や環境との関わりによるところなんだろうなと、改めて自分がおいしいごはんを食べられているかどうかと考えてみれば、私自身もわりとなし崩しでおいしいごはんを食べている方だと思います。

絵の練習を始めて1年くらい経った

最近よくおすすめに流れてくる過去絵との比較がやりたいなと思ったんだけど、過去絵があまりにもシャバすぎてTLに流すのも憚られたのでここに置いておくこととする。

少しは変わったと思うけど、もっとうまくできると思うのでがんばるぞ。
相変わらず絵はおもしろいし、どんだけ忙しくても趣味の時間を取らないとダメなタイプの人間なので、アホみたいに残業させられながらも最近もほぼ毎日ペンを握っています。睡眠不足と疲労で低音障害型感音難聴になりました(近況・とても悲しい)

そういうわけで、赤城ウェンさん中心ににじさんじのFAを描き始めてから習慣的に絵を描くようになり1年くらい経ちました。完成させたイラストの数としては30枚くらい描いたようです。密やかにxfolioに置いています。→https://xfolio.jp/portfolio/zakkoku_mind
ただ当時めちゃくちゃ適当なIDで作ったせいでxfolioはあとからIDを変えられない仕様だと今知り困っています。助けてほしい。

昔も今も下手なりに自分で描いたイラストはどれも好きだなと思えるんだけど、でも、自分が好きだと思う気持ちに対して表現が追いついていないと感じるときがあり、それはめちゃくちゃ悔しいなと思う😔 こんなに好きだと思っているんだからもう少しうまくかけたっていいんじゃないか?自分の絵は好きだけど、やっぱふとした瞬間にどうしても技術的なレベルが低いのが気になり…こんなに好きなのに?という憤りを感じてしまい自分を許せなくなるんだよな…だから足掻いてでも上手くなるしかなくて…。
この歳から新しいこと始めて上達するってどのくらい可能なんだろうとか正直思うこともあるんだけど、今のところまだ成長感じられてるから、やれるところまでやってみようというつもりでいる。
まあいうて所詮趣味ですからね、楽しくやれればいいんですよ。学んで悩んで時には諦めて寝て、そうやって完成したものをまあいいじゃんって眺めることを楽しいと思えるうちは楽しいってことだよね。

絵を描くのと同時に相変わらず配信のほうもよく見ています。VTuberのオタクをしているのに動画を見るのが苦手というありえない体質のため生配信以外のアーカイブはほぼ見れてないのですが、最近は30分程度の動画くらいなら抵抗なく見れるようになってきました。何事も慣れって大事なんだなと思いました。何歳になっても成長できるんだ。
人生、まだ続いていることだし、何事もやれるうちにどんどんやってみよ〜。

←2026/7 2025/6→

絵と文章と

それにしたってこのところ文章を書くことをサボりまくっているわけですが、だって、絵ってめちゃくちゃおもろくないか?やればやるほどうまくなれてたまらん。本当に一番最初、絵を始めたとき、対してうまくもない絵を褒めてくれて、絵を描く楽しさを教えてくれたフォロワーたちに感謝しています。
今年は自分の絵で何らかのグッズを作ることを目標にしています。形に残っても満足できるクオリティのものをつくるぞ。私はやるといったらやるんだ。
でも実は、いつだって自分の作ったものに満足している。自分の創作物好きすぎるかも。去年の7月頃から特に絵に時間を割くようになったけど当時の絵はそんなにうまくないんだけど、でも好きだもんな。いつの絵も結構いいじゃんって思ってる。今のXって検索性が終わってるし、それでなくても大してうまくない絵描きの壁打ちはFAタグ全部見るタイプの人にしか見られないんですが、まあ自分が楽しいから全然いいかって感じです。人の反応は嬉しいけれど刺激が強すぎて調子が崩れやすいので、このくらいがちょうど良いかもな(でも誰かに見てほしい気持ちはあるから、小学校から付き合いのある友達だけに絵を見せるためのアカウントを持っている。いつも見てくれてありがとう)

前回の記事で文フリに出ると言ったな。5月は出ません。私はやるかもとしか言ってないことはだいたいやりません。
いや絵に飽きたらやろうと思っていたけどまだ全然楽しいんだよな。モチベまだ全然ある。絵がうまくなれたらそれはつまり力を得るってことだから、力、ほしくて……。
まあ気が向いたら出ます。いつかやることリスト。
でも一個悩んでることがあって、もし文フリに本を出す場合はエッセイになるけど、ただ、ここ数年で本当に自己開示が嫌になってきて……インターネット上では謎のマスコット的な存在でいたいという願望に対して、人間としてエッセイを出すという行動、あまりにも矛盾。
名前が欲しい。
新しい名前でも持って新しい存在として出そうかなって。名前はいっぱいあるほうが自由でいられます。

私は文章を書くことが結構得意な方だと思ってこれまで生きてきたけど、一方で言語化するのは全然楽なことではないと思っている、というか随分と大変なことだと思う。大変だけどそうしないと何も言いたいことが伝えられないからやってた。でも絵っていいね。何も言わなくても伝える手段があるっていうのも結構いいなと思った。文章を書くのはすごく大変だけど、絵は楽しい。文章の方が上手にかけると思うけれど、絵はね、何も言わなくていいのが楽。まだ下手だから複雑なことは伝えられないけれど、それが逆に楽なのかもなとも思う。言語化を伴わない表現手法を持つことは結構、悪くない。

2026

2026年あけました。気が向いたので書きます。

文フリに出たくなってきた

元気があったら5月の文フリに申し込むかもしれない。何かエッセイ的な本を作るかもしれない。ひとまず心意気のみ。
元々、ここ数年ずっと書かなきゃいけないな〜と思っていたんですがメンタルを崩すため書けていないままで、そろぼち様子を見ながら製作を進めていきたいところです。
このへんの話はかなり自我になるのでなんか……細かいことはBlueskyでやろうかな〜。まあなんか付き合いの長い知人はわかるような感じになっているので適当に探してほしい(というか教えてないのに見つけてくれた人はどこから来たんですか?)

絵が面白くなるまでのあれそれ

確変ポイントがいくつかあったので備忘録として残す。

2024年の正月 クリスタを買った

ここから始まった。下手くそでもクリスタはいい感じに絵がかける。アイビスは私には合っていなかった。弘法は筆を選ばないが下手くそは筆を選ぶべきである。クリスタを使おう。ガチャに突っ込む金はあるのだし、趣味には多少金を使ったほうが気分も乗るというものだ。

2024年〜 イラストノウハウ系の動画を見た

この人の動画を見て模写のやり方を初めて知った。ようやく絵の描き方を学んだ。
youtu.be
絵に興味が出てからは描かない時期もイラスト添削系の動画をちょこちょこ見ていたので、絵を見るための目が養えた(気がする)

2025年6月、小説を書けないジャンルにはまる

だったら絵をかくしかないんだ。やるしかない。大抵の人間は追い込まれてようやく力を発揮する。成長のためには追い込まれた状況が必要。足をすべらせて絵を描くしかないジャンルに滑落していく。これが一番、うまくなるんです(個人の感想です)

2026年 うまくなる

絵と比べて小説読まれんとかグダグダ言ってる暇があるなら自分で絵の練習したほうが良いですね。数年前の自分に向けて言ってますよ〜。
この世では基本的に口より手を動かせる奴のほうが強い。力を手に入れたければとにかくやるしかない。その方が精神的にも楽だし絵もうまくなってお得。

www.pixivision.net
カレー沢薫先生のコラム好きなんだけどこれが一番好き。
私も元気さえあれば世の中の大抵のことにムカついている方なので、こちらで紹介されているような闘争心を得る方向でいけそうだなと感じています。世の中の人間ってみんな絵がうますぎますね。どうなっとる?それでも勝ちたい全てに。
絶対にもっとうまくなりたい。一番うまく表現できるのは俺だ俺だ俺だーー。

面白いとは何か2026

あるべきでない状態のものをあるべき状態に戻す、ということに面白みを感じる人生であるような気がしている(あるべきとは他によって規定されるものではなく自分の思うあるべきである)。
絵は改善点が無限に見つかるのが面白いのかも。なんといっても伸びしろがありすぎる。逆に満足したら飽きるんだろうなとも思うので、おすすめ欄に流れてくるうまい絵を見て定期的に自らの技量への苛立ちを感じるのが良さそうまである。
このモチベーションは自分の尻叩きに後々使えそうなのでここに書いておく。後で思い出してね。

今年はたくさん絵を描いた

今年はたくさん絵を描いた。
昨年からずっと楽しみにしていた6月の同人誌即売会にティセで7冊目になる新刊を並べ、一息ついて、そのタイミングで突然Vtuberにはまった。だいたいGTAのせい。MADTOWN β、マジで面白かった。
とはいえ、まさかVtuber見る時代が来るとは自分でも思っていなかった。ずっと注意力散漫な人生で、動画を見るのが本当に苦手だった。アニメを黙って見る集中力がないのでついTwitterを見てしまい、展開がわからなくなる。当たり前すぎるが止められない。実況しながらニチアサを見ることだけが継続できるアニメ視聴方法だった(ストーリーラインのわかりやすいプリキュアと戦隊が見れていただけで仮面ライダーは普通に途中でわからなくなっている)。見たくて見ている30分のアニメですらこの調子なのでYouTubeどころではないし生配信どころでもない。本当に向いていなかった。
ただ、配信を見る時間の大半は、同時に絵を描く時間でもあった。ここで確変が起きる。配信だけを見るのも絵だけ描くのも集中力が続かなかったのが、これを同時にやることでなぜか両方を無限に続けられるようになる。動画だけを見ていたときに存在していたあの手持ち無沙汰な感覚、Twitterを開こうとする無意識、その空いた脳みその枠に絵を描くという作業がピッタリとはまる感覚がある。
それで、配信を見ながらずっと絵を描いていた。3時間くらい配信を見るのを4日ほど続けると絵が1枚できている、そういう寸法。普通にVtuberにはまっているので絵そのものも描きたくて仕方なかった。小説しか書けなかったころに抱えていた行き場のないパッションが絵を描くことによって表現できるようになったのは自分の人生においてもかなり良いことのひとつだったと思える。
絵はかなりうまくなった(当社比)。とにかくたくさん描いた。自分の創作物大好き人間は自分の書いた小説を読み返すのがまあまあ好きなのだけれど、絵もいよいよその領域に来ている。わりとかわいくないか?そう思ってスマホの壁紙を自作のイラストにした。まじか。でも自分の幻覚ってやっぱ自分でかくしかないし、自分の見ている幻覚を一番うまく表現できるのは、俺だ!自給自足からの自画自賛。良い暮らしだ。
それにしても、絵、面白すぎる。これは去年絵を練習し始めた頃から感じてはいたけど、やればやるほど上達するし次々に新しいことに取り組めるのがとても楽しい。私は仕事にする程度にはプログラミングを面白いと思っているけれど、今のところ絵はプログラミングくらい面白くて最高。適度に頭を回しつつ作業に没頭できる感じが良い。もっと早く気づきたかった気もするけれど、たぶん今が一番早かったとも思う。生来不器用なので、デジタルの拡大縮小変形ツール、手ブレ補正がなかったら確実にやれてない。というか、そもそも加工厨でした。技術の発展に感謝。
でもやっぱり描けば不器用なりに上達はする。手を描くことに向き合ったので結構それっぽく描けるようになった。バストアップしかやってないから全身は描けない。角度のついた顔もまだ練習中。でも正面の顔はわりとかわいくできるようになったと思う。まだまだ伸びしろがあって上手くなれると思うと希望がありすぎる。まだやれます。


今年のイラストまとめ作れたの嬉しかった!
6月以降の確変がわかりやすくて良い感じ。

セノ伝説任務第二幕 感想

全部ネタバレ ティナセノカプ厨の感想

全体

生放送での事前情報で仲間たちが助けてくれると言われていましたが、当初想像していたよりもたくさんの仲間が登場してくれたのが嬉しかったです。魔神任務中の時間軸だった伝説任務第一幕と比べても、あれからセノにたくさんの仲間ができたことがよくわかって嬉しかった。
セノは相変わらず問題を抱え込みがちで、周囲を頼るよりも先に持ち前の行動力で一人で突っ走ってしまう。三百人をたった一人で裁いた伝説任務第一幕では旅人やティナリがいたけど、肝心なところは全部一人でやってしまった。それが今回は旅人とティナリと共に向かうことを受け入れ、更にコレイ、カーヴェとアルハイゼン、アーラヴやナフィスのような教令院の協力者を得て無事にジュライセン先生と共に戻って来ることができた。ディシアやキャンディス、ファルザン先輩が抱え込むな、頼ってくれと気遣ってくれたのもすごく心強かったですね。
沈黙の殿での決闘前、セノとセトスの対話で、信仰に縛られながら生きてきたセトスはまだ力を手に入れることを目的としていたけど、セノはその時もうこの力をどう使いたいかもう理由までちゃんと見つけていて、セトスの前で堂々と宣言した。どちらもヘルマヌビスの器として見出されたけど、今のセノにはセノという個人として確かな絆を結んだ仲間がいて、自身の力をそういった大切な仲間や自分の使命であるスメールを守ることに使いたい、戦う理由をちゃんと持っているのがセノの勝利に繋がっているのだとしっかり描かれていて嬉しかった、もう本当にとにかく嬉しかった。
ラストシーンにて本人の口から語られましたが、学生時代は友達が多くなくてひとり秘密基地でボーッと過ごしてたセノが、自分だけの場所だったそこに招いて一緒に過ごせる大切な友達を見つけて、今やスメール中の友達に助けられて無事に帰ってこられたこと、美しいなと思いました。


カプ厨から見る今回の任務と二人の関係性について

今回もまたセノが単独行動で飛び出してしまった後、セノが一人になってはいけないときに本人の意志に背いてでも無理やりついていけるのってやっぱりティナリしかいなくて……セノにはティナリがいるべきなんだなと思いました。頑固なセノを折れさせるくらいの気の強さと力と信頼関係、ティナリにしかない。ティナリにもセノにもそれぞれの信念とそれを達成するための力が十分あるから、別に一人でも生きていける同士の二人だけど、それでもこの二人はもう一緒に生きる覚悟が済んでいるんだな、と思いました。
ヘルマヌビスの力を賭けた三番勝負、なんとなくだけど前だったらセノひとりでやったんじゃないかなと思って……セノは自分の強さに自信があるし、これは紛れもなくセノの問題で、だから自分がやるって前なら言ったような気がするんだけど、自分の命運をかけた絶対負けられない二試合をティナリと旅人に信じて託してくれたこと、旅人としても光栄な思いでした。セノが自分の命運さえ任せられると思ってくれたの、すごい事だ…。
そしてティナリがセノにかける言葉の数々、セノを見るときの目、ティナリがセノというひとりの人を大切に想っていることはこれまでも再三描かれてきたことだけど、今回もはっきりとティナリが大マハマトラだけではないセノ個人のありかたを尊重し、ちゃんと見てくれている描写がしっかりあって本当に良かった。ティナリはそうだよね。
解釈一致と言ったら公式に対して言葉が悪いかもしれないけど、問題を抱え込んで勝手に一人で行こうとするセノ、それを追いかけて無理やりついていくティナリ、暑さに弱い体質を心配されてもしっかり準備をした上で自ら砂漠に向かうティナリ、セノをセノとして見てくれるティナリ、全て本当にあるんだな……と思いました。
個人的に、あんなに暑さが苦手なのにセノを助けるために自らそう決めて砂漠に入るティナリがどうしても見たくて、なんか、ああこれって本当にあるんだ、と思って、そこでもう成仏してしまった感がある
ありがとう

彼らの運命と、彼ら自身のこと

ティナセノ、最初からずっと運命なんだ……というのと、そういうの知らない頃から関係なく彼らは彼ら自身の時間を積み重ねて仲良くなったんだな……の両面から見せてもらえて良かったです。運命だけど、運命のおかげで出会ったわけではなくてちゃんと友達になったんだよね。エピローグの「コップ」の合言葉、親友しか連れてこない秘密基地、そこで過ごした学生時代の思い出……ティナリの学生時代に出会ってから、二人が友達らしいささやかな秘密を共有しながら一緒に過ごした教令院での日々を感じられてすごく良かった。涙…。彼らがまだ運命なんて知らない頃、運命なんて関係なく出会い、共に積み重ねてきた時間、ずっとそこにあったんだ……を改めて感じられた。
自分の中のティセ、ティナリの学生時代は立場もなく純粋な友達として日々楽しく過ごしてたイメージだったのでめちゃくちゃ嬉しかったし、卒業後ずっと離れて暮らしていても変わらない強固な絆を繋ぎ続けているのは二人の努力の賜物です。

ティナリとセノは互いを大切に想っているんだなと強く感じさせられる話でした。
二人とも自分の大切にする信念がある上で、それでも一緒に生きる選択と覚悟をしている。いざという時、本当に必要になったら相手のために自分の大切なものを賭けてしまえるくらいの信頼関係。親友であり家族。そうやって相手にあげられるものを全部あげてしまう過程で肉体関係まであげてたら、まあ恋人とも言えるか…ってなるんだと思うけど、その時にはもう別に友達とか恋人とか、彼らの関係性のラベル貼り替える必要とかほんとになくて、ただ、互いに特別で大切な人なんだと思います
きっと、恋人だよ、とは言わないと思うけど、友達だよ、は言ったタイミングがあると思っています。絶対に言った。彼らが互いを親友と称するのは、友達と言われたその大切な思い出を後生大事にし続けているからという理由であってほしい。(このへんはただの願望)
一緒にいるだけで楽しい、自分より誰かを想える気持ち、そういうものを愛だとするならもうティナセノってそういうことだし、セノにはティナリがいるべきだけど、ティナリがなんでセノと一緒にいるのかといえば、もう愛しかないです。
今回のセノ伝説任務でずっと一緒にいてくれたティナリの表情、見ましたか?ジョークに呆れたり、キャンプでカードゲームしようとするのを諌めたり、沈黙の殿でセノの行く末を見守る真剣な目、教令院での思い出を話すセノを見るときの優しい顔。ティナリにあんなにいろんな表情をさせられるのも、やっぱりセノしかいない。

蛇足:自カプ、同じテントで眠る

明らかにストーリー展開に必要ない同衾情報のためだけに入れられたテント、そんなことしていいの同人誌だけだろと思って笑うしかなかった。テントのくだりを入れる意図、どう考えても二人は同じテントで寝ますを伝えるためしかないと思うんだけど本気かホヨバース❓ありがとう…。風花祭で同じ部屋に泊まるティセっていう集団幻覚あったと思うんだけどもしかしてホヨバも見てた?もうこうなったら妄想じゃない可能性も出てくるだろ
以前友達が自カプエリアを壺に作ってくれたんですが、夜にあたかいものを飲みながら二人がテントで空を見上げられるようなスペースを作ってもらっていて、本当に、一致でした ありがとうございます

絵の練習をしている ほか創作の話

近況の日記です

絵の練習をしている

クリスタを買ってから絵が楽しくなった。絵にも使えればいいな〜と思ってiPadとApple Pencilをセットで買ったのに、気まぐれに絵をかいては匙を投げるを繰り返して2年半経ってしまった。
人生において絵が上手にかけたと思ったことはあまりない、どころか、人生通してずっと絵が下手な部類。それは今でもそう。逆にできなさすぎるとトライしたくなる性格をしているので、高校では芸術系科目の選択で美術を選んだ。油絵がずっと下手だった。
話を戻すと、iPadはとてもいい。最近ゲームをよくiPadでやっているので、ゲームに飽きてなんか別のことしたいな〜と思ったときにクリスタを開くと2秒で絵が描き始められるのが、とてもいい。今のジャンルに来てから人の二次創作をたくさん見るようになったので、絵を見る目がすこしずつ良くなってきた気がする。表現したい構図、シチュエーション、キャラクターっぽさ、何もかも今は足りなくて草って感じだけど、そういう足りないところをひとつずつ積み重ねていくのはわりと嫌いじゃない。むしろ結構楽しい。やり方を知ってひとつずつ身に付けていく過程が楽しい。
もっと漫画を描けるようになりたいので、絵の練習も少しずつやりたい。
まあ今は練習というより、わりと普通に楽しんでいる。こつこつ練習とかできないので……飽きるまでもうしばらくやっていこうと思います。

書けない日々の戦い

書かないと生きていけないくせに書けない時期が普通にある。どうして。
結局いろんなことが書くことでしか発散できないので、書けなくても書く、が最近の解ではある。脳筋だけど。やっぱ書き上げて公開する瞬間が一番脳汁出るからね……。

以降ひとりごと

自分のどの小説も大好きだけど、この一年ほどで技術的には気になる面が出てきているのでうーーーーんとなりがち。うまくなりたい。読み終わったあと何か言いたくなるようなものを作りたい。最近はずっと自萌えともっとうまく…を反復横跳びしている
次のイベント7月かな〜。去年1冊目の本を出してからちょうど一年になるので、改めて自分の解釈を考え直して腰を据えて原稿に取り組むのもいいかなと思っている、合間に短編とかちょっとしたネタとかエロとかを練習していければいいな
いままでずーっと短編しか書いてこなかったから場面転換とか全体の構成とかのやり方があんまりうまくないな〜とよく思っている、けど、でも私は書きたい、長編を……夏の原稿までに別で一度長めの話を書けたらいいな

今のジャンルで初めて人と関わるようになって人のかいたものを見るようになって得た学びがたくさんある
昔やろうとしてもできなかっただろうし別にしょうがないな〜と思っているけれど、もっとうまくなれたのかもしれんなとは思った まあこれも人生 自分のペースでやっていこう